大判例

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札幌高等裁判所 昭和32年(う)37号 判決

原判決が被告人を有罪と認定した理由の要旨は、被告人は私鉄三菱美唄鉄道の機関手であるところ、昭和三〇年七月二一日午後三時二五分頃同鉄道の機関車四、一一〇型四二号に機関助手と同乗勤務し、美唄市盤の沢町所在右鉄道盤の沢駅構内において貨車の入換作業のため単機で同駅常盤台方面から駅本屋西北方約二一五米地点の滝の沢資材倉庫行き踏切に向つて七番線を西北西に退行運転したのであるが、その進行方向左側六番線には踏切の手前五、七米離れたところに五輛、五番線には同一一米離れたところに一三輛の貨車がそれぞれ停留していて、踏切左側を通過横断しようとする人車の形影は全然望見できず、したがつて、前記踏切箇所は、本件当時同所を通過横断中の自動車等が何時右貨車の蔭から進行してきて衝突の危険を惹起するかも計り知れない状況にあつたものであるから、かかる場合、機関手たるものは、同踏切を通過しようとするにあたつては、単に所定の操車掛の合図や汽笛の吹鳴ないし速度の制限等に従うをもつて足れりとせず機関助手または操車掛を督励して該箇所の安全かどうかを確認させる等の適宜の方途を講じ、その安全であることを確認したうえ同踏切を通過する等事故の発生を未然に防止すべき業務上当然の注意義務があるのにもかかわらず、被告人は、前記所定の運転方法遵守だけで自動車との衝突の危険なしと軽信して前記注意義務を怠り、同踏切通過の安全性を確認せず、自己運転の機関車を進行させたため、同踏切の手前わずか約七米の地点で、折柄同踏切を北東に向つて横断しようとする七戸善一の運転する普通貨物自動車札一―五、九五二号を前方に発見し、急停車の措置を講じたがすでにおよばず、同踏切において被告人運転の機関車後部を右自動車前部に衝突させ、よつて同車助手台に乗つていた渡辺金治に対し左下腿挫傷右胸部挫傷を、同木下清五郎に対し顔面挫傷左胸部挫傷の全治まで各二週間を要する傷害を負わせたというにある。そして、原判決挙示の各証拠によれば、被告人が私鉄三菱美唄鉄道の機関手としてその業務に従事していたものであること、原判示日時頃原判示の機関車に機関助手と同乗し、原判示駅構内において貨車の入換作業のため単機で同駅常盤台方面から原判示踏切に向つて原判示のように退行運転を開始したが、当時原判示の状況下にあつた右踏切箇所にさしかかつた際、被告人としては所定の汽笛吹鳴ないし減速を試みただけで、とくに機関助手や操車掛を督励して該箇所の安全かどうかを確認する等の措置を講ずることなく、もつぱら操車掛の合図に従つてその通過の安全を信じて自己運転の機関車を進行させたところ、同踏切の手前約七米の地点で、折柄同踏切を北東に向つて横断しようとする七戸善一運転の原判示自動車を前方に発見したので、急遽機関車の停止措置を講じたにもかかわらず、ついに同踏切において被告人運転の機関車後部を右自動車前部に衝突させ、これがため原判示のような事故が惹起するに至つたものであることが認められる。

そこで、本件事故発生が被告人の機関手としての業務上の注意義務を怠つたことに基因するものであるかどうかについて按ずるに、本件鉄道駅構内において貨車の入換作業をなすには機関手は原則として操車掛の入換信号を受けないでは機関車を運転し得ないこと、操車掛は入換作業を開始する前に機関手、転轍手または連結手に対して作業の順序と方法との概要について打合せをなし、車輛入換にあたつては線路の長短、留置車輛の有無等にとくに注意したうえ、必要に応じて機関手にこれを通告し、線路に支障のないことと信号、標識の正当であることとを確かめた後でなければ、機関手に対して入換合図を行つてはならないことは美唄鉄道運転取扱心得第六七条ないし第七一条に規定するところであり、したがつて、機関手が操車係の入換信号に従うべきことは勿論であるが、おおよそ、鉄道機関手の如く、その挙止が人の生命身体に危害をおよぼすべき虞のある職務に従事するものとしては、単に右信号その他の服務または運転に関する規定に示された指揮命令に従うというだけでもつてその責任を尽したものというを得ず、いやしくも機関車を運転するにあたつては絶えず進路の前方を注視してその安全を確認し、危険の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務を負うものであることは、その職務の性質に鑑み条理上当然ではあつても、機関手には機関手としての固有の職務があるのであるから、それを完全に施行するためにも、入換作業の如く関係者と連絡協力して作業にあたる場合には、機関手において進路の前方を注視しても危険の発生の認むべき状況なく、また当然容易にその発生を予知し得べき事情の存しないかぎり、なおかつ他の掛員のなすべき作業の範囲にわたつてまで注意をおよぼして進路の安全を確認すべき義務を課し、過失の責任を論ずることは、むしろ苛酷に失するといわざるを得ない。ひるがえつて、原審ならびに当審で取調べた各証拠を総合すると、被告人は、原判示日時頃機関助手藤田昭一と原判示機関車に同乗し本件入換作業に従事するにさきだち、操車掛太田昇、連結手菅野敏雄、同石橋泰司と作業の打合せをなし、その作業にあたつては操車掛太田の合図に従い、原判示のように七番線を本件踏切に向つて単機で退行運転を開始したのであるが、当時の作業状況としては、操車掛太田は進行方向に面し機関車のホールダツキに位置したため、これと対坐の関係にあつた被告人としては、操車掛の合図を注視しながらも、逆向して進行方向前方をも注視しつつ運行を継続しなければならない事情にあつたこと、しかも、本件踏切附近六番線および五番線には原判示のように貨車が留置されていたため、その進行方向の見透は七番線以外はまつたく死角圏内にあることが当初から確知されていたこと、さればこそ、操車掛太田は連結手石橋泰司に命じてとくに踏切附近の警戒を兼ねさせていたこと、連結手石橋もその任務の重大なことを考慮して直ちにその警戒にあたつたところ、踏切南西端入口附近に七戸善一運転の本件自動車が停車しているのを現認したが、当時たまたま同附近三舟美唄鉱専用側線に貨車牽引の機関車が接近していたので、右自動車はこれを避譲しているものと速断し、他に本件機関車の進行に妨害を生ずべき人車の通行の認められないままに自己の連結作業にも従事すべく暫時警戒を解いていたこと、一方七戸善一としては、その運転する自動車を一時停車していたのは、右三舟美唄鉱専用側線の列車避譲のためではなく、単に踏切横断のための危険を留意するにあつたので、右列車の接近を知りつつもその遅速に乗じ、むしろ直ちに運行をつづけて踏切を横断するにしかずとし、本件駅構内における入換作業の行われる状況を平素からよく知りながらも、あえてこの方面についての留意を怠り、専らその進行方向左側の右列車の方に気を奪われつつ踏切に乗り入れたこと、したがつて、連結手石橋が再度右自動車を現認したときは、該自動車は同人の予期に反し、すでに七番線近くに接近していて、挙手をもつてこれに合図をするもついにおよばなかつたこと、しかして、本件踏切附近の人車の交通量は比較的少なく、これまで本件の如き事故の発生した事例もないところから、同附近の警戒にあたつた鉄道従業員としては、とくに危険を生ずる虞のある場合以外は操車掛に対し何等合図をしない慣行をつづけていたので、操車掛としては、その命により警戒に従事する連結手等から合図のないかぎり本件踏切通過に支障のないことを了承する事情にあつたこと、被告人としてもまたこの事情を知つていたこと、さらにまた入換作業において本件機関車が貨車等に隠蔽されて現認し得なかつたとしても、おおよそ、その作業状況を知るほどの者であれば、前記自動車停車箇所においては、少しく注意しさえすれば、機関車から発する蒸気や油煙の移動から容易に機関車の運行やその方向が推測し得られるのはもとより警笛が吹鳴されるにおいてはこれを十分聞き得る状態にあつたこと、被告人は、前記の作業事情のもとに、よく前方を注視しつつ、当初は時速約一七粁の速度で進行していたが、その前方七番線上には何等危険の発生を認むべき状況もなかつたけれども、本件踏切までには前記死角圏の部分もあり、念のため踏切約七〇米前の地点で適度汽笛の吹鳴を試み、同時に時速を約八粁に減じてなおも前方注視をしながら進行するも、その間、何等連結手等からの危険の発生を予知し得べき合図もなかつたので、通常どおり安全に該踏切箇所を通過し得るものと信じて、そのまま進行を継続したものであつて、当時の入換作業の状況下においては、被告人が機関助手に対し前方における危険を未然に防止すべき措置を督励しようにも不可能のことに属するものであつたこと等が認められる。原審証人渡辺金治、原審ならびに当審証人七戸善一、木下清五郎の各供述中右認定と抵触する部分は、前掲証拠に対比してたやすく信用し難く、その他記録をよく調べてみても右認定をくつがえすに足りる証拠がない。叙上の事実を前説示に照して考察すると、本件事故が発生するに至つたのは、被告人運転の機関車のせいではなく、その予想に反し、連結手石橋の本件踏切附近警戒にあたつての不手際と自動車運転手七戸善一の注意義務の懈怠とにより、本件自動車が無謀にも本件駅構内踏切に乗り入れられたことの特別事情によるものとみるのは格別、被告人に対し原判示の如き注意義務を要求し、かつ本件事故の責任を問うことは、蓋し酷を強いるものとの謗りを免れない。要するに、本件事故の発生は、被告人の業務上の注意義務懈怠に基因するものとは認めることができず、結局被告人に原判決認定のような注意義務の懈怠があつたということはその証明が十分でないので、これを証明十分なものとして有罪の言渡をした原判決は前提たる事実を誤認したか或は注意義務に関する解釈を誤つたものというべく、この誤は判決に影響をおよぼすことが明らかである。

(裁判長裁判官 豊川博雅 裁判官 羽生田利朝 裁判官 中村義正)

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